AYA世代のがん
15~39歳頃までの思春期と若年成人(Adolescent and YoungAdult)を指すAYA世代。この世代のがん患者には進学、就職、結婚など中高年とは違った課題が存在する。会社員の谷島雄一郎さん(43)は長女が誕生する直前、34歳でGIST(ジスト)(消化管間質腫瘍)と診断された。がん経験を価値あるものにしたいと願い、そのためのプロジェクトを続けている。
経緯
診断は会社の健康診断がきっかけでした。平成24年8月に長女が生まれる予定で、生命保険を手厚くするために6月、早めに健診を受けたんです。胸部レントゲンで「昨年と臓器の位置が違う」と言われて念のためCT検査を受け、食道に8、9センチの腫瘍が発見されました。
GISTは10万人に1人といわれる希少がんです。ショックはあったけれど、人生にはそういうことはあるのかなとわりと冷静に受け止めました。生まれてくる子供の存在、守るべきものがあることも大きかった。後悔のないよう、最良の治療法を見つけて生きるんだと妻と誓いました。
5つくらいセカンドオピニオンを受けた後、抗がん剤で腫瘍を小さくしようとしましたが効果がなく、12月には肺への転移が見つかりました。翌年1月に手術で食道の全てと肺の一部を摘出しました。1年後に再発し、別の抗がん剤を試しましたが心臓への副作用が出て中止に。ここで標準治療は終わり、転移のたびにラジオ波焼灼(しょうしゃく)術や手術をしたり、治験に参加したりしながら今にいたります。
転移を繰り返して標準治療がなくなる中で、僕は自分の価値を見失いそうになりました。怒りやくやしさもあり、どこかに救いはないかと思いました。そんなとき、3歳だった長女が撮った写真に感動したんです。大人が気づかないような高さに咲く花や迫力のベンチなど、地上80センチの彼女の景色があった。だったら、がんになった自分だからこそ見える景色もあり、それを誰かを幸せにする価値に変えられるんじゃないか、と気づきました。
ダカラコソクリエイト
同じように若くしてがんになった人に話を聞きに行きました。「『患者』以外のアイデンティティーがほしい」「社会に必要とされていると実感したい」という思いを多くの人が持っていることが分かりました。
27年、がん経験を価値に変えて未来に生かすプロジェクト「ダカラコソクリエイト」を立ち上げました。メンバーは働く世代の20~40代のがん経験者や医療者、クリエイター。当時は10人くらいでしたが、現在は約50人が分野や業種を超えて連携しています。
このプロジェクト支援はぼくが会社でしている仕事の一部でもあります。がん経験者が「うれしかった言葉」「支えられた言葉」を誰でも日常で使えるLINEスタンプにしたり、医療機器のミニチュアを3Dプリンターで作ってガチャガチャで販売したり。障害のある方の新しい仕事づくりにもつながっています。
カラクリLab.(ラボ)
昨年9月には、がんをカジュアルに語れる場を作ろうと、大阪市北区でカフェ&バー「カラクリLab.(ラボ)」を始めました。新型コロナウイルスの感染拡大で4月は休業しましたが、5月にオンラインで再開し、6月からは両方やっています。オンラインをやったことで、大阪だけでなく全国に「がんによる生きづらさを隠さなくていい社会にしたい」という思いが広がり始めました。
「生きる」を嗜む秘密基地》
例えば「がんを嗜む」。ちょっと不謹慎に聞こえるかも知れませんが、嗜むには2つの意味があるのをご存知でしょうか。
一つ目は「親しむ、愛好する」。僕自身、がんになったことは今でもなかったことにしたい出来事です。辛くて、苦しくて、憎い。でもがんは僕の人生の一部でしかありません。がんになってしまったけどこの人生を愛したい、がんになったことも含めて自分に生まれてきてよかったと思いたい。「嗜む」にはそんな決意と願いを込めています。
そして嗜むにはもう一つ「用意しておく、心がける」という意味があります。がんは今や2人に1人が罹患する国民病。すべての人にとっての自分事です。なのに、ほとんどに人が意識しない。「重い、怖い、関係ない・・・」。そしてある日当然焦る。僕もそうでした。もし、自分や大切な人ががんになったら――日常的にがんのことを、知って、考え、備えることが必要です。
これらはがんだけでなく様々な生きづらさや社会課題に共通しているのではないでしょうか。
カラクリLab.では、がんをはじめ様々な生きづらさを「もっと カジュアル に、わざわざ じゃなく ついで に語れる。」をコンセプトに、当事者も、そうじゃない人も、センシティブな課題についてカジュアルに語れる場づくり目指しています。
仕事帰り“ついで”に寄ってみよう――。日常のバカ話の“ついで”にがんのことも――。問題の解決はできない。でもちょっと軽くはできる。お酒やコーヒーを嗜みながら、病院や公的な支援機関とは違う、社会の中で自分らしくいられる秘密基地――。
この歓楽街での小さな社会実験が、がんをはじめとする生きづらさと社会の距離を縮め、関係性を変えていくきっかけになればと妄想しています。
趣旨をご理解いただき、Lab.メン心得を守っていただける方は、がんでもがんじゃなくても、どなたさまもご入場くださいませ。
がんになってよかったとは思いません。でもがんになったことも含めて僕の人生、生まれてきてよかったと思えるようにしたいんです。がんの経験の社会的価値を高め、隠さず話せる環境をつくるため、これからも頑張っていきます。
■やじま・ゆういちろう 昭和52年生まれ。大学卒業後、大阪ガスに就職。平成24年、食道にGISTが見つかり、転移と治療を繰り返している。27年、がん経験を新しい価値に変えるプロジェクト「ダカラコソクリエイト」をスタート。昨年、がんなどの生きづらさを語れるカフェ&バー「カラクリLab.」を始めた。