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【薬物依存症】相模原事件について考える。薬物依存は罰則よりも支援が必要。薬物依存症センター松本俊彦さん。

 

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人に依存できない「孤独の病」

 

価値観に対して精神科医は基本的に無力

 

無用な行動制限は絶対にいけないが、退院後の「おせっかい」こそが精神医療福祉

 

 

 

薬物依存、とりわけ、覚せい剤の乱用は、現在の日本社会におけるひとつの大きな問題だ。

 厚生労働省によれば、平成になってからの四半世紀、覚せい剤取締法違反で検挙された人数は時に2万人、近年、減少傾向にあるとはいえ毎年1万人以上を数える。これは、違法薬物の中で圧倒的な1位で、2位の大麻にくらべて常に数倍にのぼる(いずれも輸出入や製造・栽培についての検挙も含まれているので、単純に使用したことで検挙された人の数ではないことには留意)。

 社会的な関心も大きい。

 例えば、芸能人が、覚せい剤を使って逮捕されたとする。

 ワイドショーはもちろん、ニュース番組ですら、時に政治や国際問題よりも多くの時間をさいて伝える。スポーツ紙や週刊誌は、さらに強い関心を寄せるかもしれない。 

「転落への道」「心の闇」などといった紋切り型の言葉を使い、「信頼を裏切った」「ファンに申し訳が立たない」と断罪することも多い。

「いち早い更生を」と再起を促す訳知り顔のコメンテイターの発言を、たぶん、ぼくはこの数年間に何度も見たり聞いたりした。再犯、再再犯になると、「あきれた」「いい加減にしろ」「ふざけてる」と、突き放した表現が出てくるのもよくある話だ。

 そんな時に、ふと疑問に思うことがあった。

 
薬物依存症について取材するため、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所を訪れた。
 

 この人達は、薬物依存症という病気を患っており、そもそもの前提として治療が必要なのではないか。もし治療を受けても治らないのだとしたら、それはますます深刻な病気であって、治らないことを非難されるのはちょっとおかしいんじゃないだろうか……。

 患者であり、同時に犯罪者でもある。それが、違法な薬物への依存の問題をややこしいものにしている。

 犯罪の側面に注目すれば、何度も同じ過ちを繰り返すのは批判に値するし、あきれられ見放されてしまうのも分かる。

 しかし、患者としてはどうなのだろう。

 東京都小平市にある国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所を訪れ、松本俊彦・薬物依存研究部長とお会いした際、最初に話題になったのはまさにその点だった。

 

松本さんは、日本ではじめての薬物依存に特化した治療プログラムを開発し、普及させてきた立役者だ。臨床現場の医師として多くの症例に出会い、治療の仕方そのものを構築していく活動の中で、世間ではまず犯罪者と認識される薬物乱用者が、依存症に悩む患者であると強調してきた。それゆえ、マスコミが語る単純な「心の闇」のストーリーや、「信頼を裏切った」「いい加減にしろ」といった非難を苦々しく思っている。

 なぜなら──

日本における薬物依存症治療と研究のパイオニアである松本俊彦さん。
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「まさにそういう取り上げ方って、薬物依存で治療中の人たちにとって悪い影響があるんです。話題になっている当人はもちろんそうですし、今、立ち直ろうとしている他の人たちが報道に接して再使用してしまいかねない。依存症にかかっている人って、みじめさや情けなさ、恥ずかしさや自己嫌悪を自覚した瞬間に、『シラフではいられない』渇望のスイッチが入ってしまいます。『こんなやつは消えてしまった方がいい』と思って、自暴自棄になって、これまでの何倍もの覚せい剤を使ってしまったりすることもあります」

 スイッチが押されるきっかけは、もちろん報道だけではない。医師もふくめた世間の目も厳しいし、親しい友人や家族も、最初は親身でも、やがて怒り、呆れ、離れていく。孤立し、自己嫌悪に陥った患者は、やがて追い詰められ、ちょっとしたことをきっかけに、断とうとしていた薬物に手を伸ばしてしまう。

「そもそも、今の日本みたいに、薬物に忌避的な感情がある国で、あえて乱用に走る人たちって、どんな人たちだと思います?」

 松本さんは問うた。

 きっかけは何かわからないけれど、続けてしまうのは「意志が弱いから」というふうに思われがちだ。本当に「意志」の問題なのだろうか。

「意志が弱いから依存症になったというよりは、むしろ我慢強い人が多いんです。しんどい時に、あちこちで愚痴を言えれば、メンタルヘルス的にはいいけど、愚痴をこぼさず、人に頼ったりせずに、酒1本、薬1本で何とか乗り切ろうとする人。そういった人たちがやっぱり依存症になりやすいんですよ。彼らが人に頼らないのにはわけがあるんです。多分、これまでの人生の経験の中で、人は信じられないとか、人は裏切るよなって経験をしてる。学術的なエビデンス(証拠)としてはっきり出ているのは、例えば女性なんかは、小さいときに性的な虐待を受けていたり、男の子なんかでも、アル中の父親からの暴力を受けてたりとか、多くの傷つき体験を持っている人たちが、薬物依存になるリスクが高いんです」

意志の問題じゃない。

 人に頼れず、むしろ物(薬物)に頼ろうとしてしまうくらい傷ついた人。そういう人が薬物に依存する可能性が高くなる、と。

 ここで、はっとする。

 つまり、薬物乱用で検挙された芸能人についての過剰な報道は、薬物依存から立ち直ろうとしている人たちとって、やはり、自らが「みじめ」「情けない」「恥ずかしい」存在だと思い知らされることなのだ、と。

「結局、依存症って、人に依存できない病」なんですよと松本さんは含蓄深い言葉を述べた。

 人に依存できないがゆえにひとたび薬物依存のループにはまり込むと、本来、頼れたかもしれない人にもあきれられたり、見捨てられたりして、どんどん深みにはまってしまう可能性がある。悪循環の中で、再使用、再々使用してしまう。

「実際、覚せい剤の乱用は再犯がとても多いんです。初犯でも6割方の再犯率だし、50歳以上の方になってくると、84%とか言われてます。もう、ほぼ全員再犯するってことです。検挙される人数が多いけど、同じ人が何度も何度も繰り返し捕まります。なぜかというと、この病気は刑務所に入るだけでは治らないからです。覚せい剤依存症の人が一番薬を使いやすいのって、刑務所を出た直後なんですよ。その次に多いのが保護観察が終わった直後。結局、刑罰では再発をふせげない。縛りがなくなった瞬間にまた使ってしまうから」

では、依存症の治療法は?
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 では、罰では治らない依存症を治療するにはどうすればいいのか。永遠に刑務所に入っているのも量刑としてバランスにかけるし、そもそも非現実的だ。

 その点について松本さんは、「刑罰よりも地域内での治療を」と述べる。

 入口としては、医療機関自治体が運営する精神保健福祉センターが提供する治療プログラムがあり、その先には、自助グループや、民間のリハビリ施設などがシームレスにつながっていくというイメージだ。

「薬物の自己使用犯の再犯防止には、地域内でのケアを長く続けることが効果的というエビデンスがあります。私たちが開発した治療プログラムは、SMARPP(スマープ)っていうんですが、まさにその入口にあるものです。平成28年の診療報酬の改定で、診療報酬に加算項目として追加されました。これ、国が薬物依存症に特化した治療法に、はじめて診療報酬の加算をつけたんです。これまでは単に犯罪だと思われていたんだけれども、同時に病気としての側面もあるということが、やっと伝わりはじめたのかなと思っています」

 松本さんたちが開発したSMARPPについては、あらためて紹介するとして、ここはさらに聞こう。

診療報酬は厚生労働省マターだが、刑を執行する司法側でも動きがある。昨年(平成28年)6月から導入されている「一部執行猶予制度」だ。

「これまでは、覚せい剤で捕まると、初犯だったらまずは執行猶予になって、その期間中にもう1回捕まったら、2つの刑が加算され、3年間くらい刑務所に行ってました。でも、3年間行っても、出た後が一番危ないわけです。そこで、これまでは3年間刑務所にいたところを、1年早めに家に帰すと。そして、保護観察所の監督下で、地域でプログラムを受けなさいという制度です。つまり、一番、再使用の可能性が高い時期にプログラムを受けることになります。そのためには、地域の側でも出所者を受け入れる体制をつくらなければならないわけですけど、排除することよりも包摂していったほうが再犯率が低くなるのは、もう海外ではどんどんデータが出てますから」

 排除よりも、包摂。

 刑罰よりも、地域でのプログラム。

 従来言われていた厳罰主義ではなく、「依存症の治療」の面を重視しないと、再犯ばかりふえてしまうとはっきりと意識されるようになってきたのが、現在の状況だそうだ。

違法であっても合法であっても、依存症は治療が必要な病であることに変わりはない。
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 こういったことは、覚せい剤依存に限らない。

 松本さんの発言の中でも、しばしば、「違法な薬物依存」と「アルコール依存」が同じ文脈で出てきた。アルコールを摂取することは日本では犯罪ではないが、やはり容易に依存をもたらす。それどころか、アルコール依存の社会的な「規模」は、問題をかかえる依存症患者の数や、健康被害など、すべての面で、禁止されている薬物とは桁が違う。また、タバコのニチコン依存の問題もあるし、最近では、いわゆる「ギャンブル依存」のような、薬物によらない、しかし、深刻な依存の存在もよく話題になる。これらも、「治療」のサポートが弱いために、多くの患者が、周囲の人にあきれられ、見捨てられ、ついには社会性を破綻させ、人生をスポイルしてしまう。刑罰の有無は、もちろん大きな違いであるとはいえ、依存症という意味ではすぐ隣に横たわる問題だ。

 ここでは、松本さんが実際に臨床現場で携わり治療法の開発をしてきた、覚せい剤をはじめとする違法薬物に焦点を当てうかがっていくけれど、アルコールなど「合法な薬物」やその他の依存症のことも、常に意識しながら読んでいただければと思う。

 

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