生きるは作業のつみかさね

作業をすれば元気になれる!作業療法ノススメ。

【薬物依存症】依存症患者の声を聴く。厳罰ではなく支援が必要な件。(ダルク含む)

 

一緒に前向きに考えて

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プロ野球選手 清原和博さん

若いころから自分は「二度死ぬ」と考えてきました。

野球人生とその後の人生においてです。

小学3年生でリトルリーグに入り、41歳でプロ野球を引退するまで、野球が人生のすべてでした。引退後、何をしたいかわからなくなりました。すべてが崩壊していくようでした。心にぽっかり穴が開いてしまった気分でした。

 

感情をうまくコントロールできませんでした。引退後のある晩、酔った勢いで覚醒剤を使いました。軽い気持ちでした。

 

心にぽっかり穴のあいた苦しみから逃げようと薬を使い、自己嫌悪でよけいに苦しくなる。また使う。そんな繰り返しでした。

覚醒剤をやめるには死ぬしかないと、自決用の短刀を買おうとしたこともあります。

 

ただ、覚醒剤を毎日使っていたわけではありませんので、2016年に逮捕された後、「薬物依存症」と診断されたときはショックでした。依存症は片時も薬物を手放せない人、という誤ったイメージを持っていたからです。

 

いまも誘惑ある

2週間ごとに通院し、カウンセリングを受けました。過去の行動や心理状態がいかに薬物に支配されていたかわかるようになっていきました。

主治医は毎回「この2週間、覚醒剤を使っていないのは立派ですね」とほめてくれました。うれしくて、次の2週間も頑張ろうと思えました。

横柄だった自分が恥ずかしいですが、かつては応援してもらうのが当たり前だと思っていました。今は街で「頑張ってください」と声をかけられると、もう本当にうれしいです。今日一日使わなかった、また明日も・・・という積み重ねで今日まできました。

 

それでも今も突然、薬物を使いたくなることがあります。親子連れが楽しそうにしているのをみて、つらくなった時などです。友人に食事につきあってもらったり、知人に電話をしたりして心を静めています。自宅に飾ってある母の遺影や息子の使っていたグラブ、仰木彬・元オリックス監督の遺影を見て、頑張ろうという思いを新たにしています。

今は、自分を支えてきてくれた人たちを裏切れない、父親や息子たちをもう二度と失望させたくないという気持ちが薬物の誘惑に勝っています。

 

SOSを出せず

ただ、薬物依存症の後遺症で患ったうつ病の治療は思うように進んでいません。

今も感情に波があり、3歩進んで2歩下がるという状態です。自分自身に「過去を受け入れ前を向いて歩いていくしかない」と言い聞かせています。

 

何年かかっても立ち直り、社会復帰したい。

体験者の一人として少しでも、薬物で悩む方の役に立てるようになりたい。いつの日か、野球を通じて子供たちに何かを教えることができればとも願っています。

 

逮捕前は、誰にもSOSを出しませんでした。今は、ずっと薬物をやめ続けるには、いろいろな人の助けが欠かせないと実感しています。偉そうなことは言えませんが、薬物で悩んでいる方は、まず家族や友人といった周りの人に話してみてください。

 

周りの方は、お願いですから、しかったり怒ったりしないでください。

薬物がいけないことは本人が一番よくわかっています。それでもやめられないのがつらくて助けを求めたのに否定されたら、自分の殻に閉じこもってしまいます。一緒に今後のことを前向きに考えてあげてください。

 

薬物で悩んでいる方はぜひ、専門的な治療も受けてください。

 

 

自分さらけ出し救われた

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俳優・映画作家 内谷正文さん

 

自分さらけ出し救われた 俳優・映画作家 内谷正文さん(49)

 暴走族仲間と16歳からシンナーを始め、マリフアナ、覚醒剤へと

エスカレートしました。

 

33歳まで、薬物を使いながら俳優を目指しました。
 3歳下の弟の様子がおかしくなったのは私が30歳の頃です。
私の後を追うように暴走族に入り、薬物も使いました。
現場職人、運転手など仕事はちゃんとしていました。
 
 ある日、母から連絡を受け実家に帰ると、部屋の隅でバスタオルを頭からかぶり、ガタガタと震え、見えない何かと話している弟がいました。覚醒剤による幻聴、幻覚だとわかりました。弟を薬物の道に引き込んだのは私です。何とかしなければと、俳優を諦め実家に戻り、弟と過ごしました。
しかし弟の状況は悪くなる一方でした。その頃、体調不良の父が退職し自宅にいたことも弟の薬物依存を深めていったんだと思います。
 
 
家族もろとも薬物地獄に落ちた時、薬物依存症者によるリハビリ施設「ダルク」の家族会に出会いました。私たちが薬物依存症や、依存症者と自分を一体化してしまう「共依存症」という状態であることを知りました。ダルクやその家族会では参加者がみな言いっ放し、聞きっぱなしのミーティングを繰り返しました。同じ悩みを持つ仲間だからこそ、うそのない自分をさらけ出せる。
信頼できる仲間に話すことで救われました。
 
弟はダルクにつながって回復し、
自分なりの新しい生き方を見つけ、仕事に就きました。
今は妻子と共に暮らしています。
 
私も自分なりの新しい生き方を見つけました。それが、2005年から始めた、一人体験劇「ADDICTION~今日一日を生きる君~」で自分をさらけ出すことです。中学、高校の薬物乱用防止教室中心に250回近く上演してきました。
 
17年には、より多くの方に見て頂けるよう、映画「まっ白の闇」を制作。昨年劇場公開し、今夏から映画センター全国連絡会議が窓口となり各地で上映会が始まります。一人体験劇、映画によって薬物依存症の現実を知ってもらうと同時に、依存症には「回復の光」があることも知ってほしいと願っています。
 
薬物依存症は病気であり、刑罰だけではなく治療が必要です。
 私や弟にとっては、仲間に正直な気持ちを話し、共有することが、薬物を止め続け、回復へつなげる治療でした。孤独は闇を深くします。
 
人と人との関係が希薄になってきている現代だからこそ、本当に大切なものを感じてもらえるよう活動を続けていきたいです。

 

 

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ダルクについて

ダルクとは

ダルク(DARC)とは、

ドラッグ(DRUG=薬物)のD

アディクション(ADDICTION=嗜癖、病的依存)のA

リハビリテーション(RIHABILITATION=回復)のR

センター(CENTER=施設、建物)のCを組み合わせた造語で、

覚せい剤、危険ドラッグ、有機溶剤(シンナー等)、市販薬、その他の薬物から解放されるためのプログラム(ミーティングを中心に組まれたもの)を行っております。

薬物依存症は、再犯率が極めて高いものです。しかし、適切なプログラムによって回復していくことが可能です。

darc-ic.com

 

全国のダルク

www.mhlw.go.jp