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がん「つながりが生きる力に」。社会とつながることが明日を生きる力になる。西口洋平さん。

 

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キャンサーペアレンツ西口洋平さん

 

子供を持つがん患者のための団体「キャンサーペアレンツ(CP)」の創設者で代表理事の西口洋平さんが5月8日、死去した。40歳だった。ステージ4の胆管がんと診断されてから5年3カ月。治療を受けながらも精力的に活動し、患者同士が交流し、悩みを分かち合う場を作ってきた。「つながりは生きる力になる」を実践したその姿は、多くの人に力を与えた。

 西口さんは人材会社の営業職だった平成27年2月、ステージ4の胆管がんと診断され、「5年生存率3%」という重い現実を突き付けられた。思い悩んだのが当時6歳だった娘にどう病気を伝えるか。同じ世代のがん患者は周囲にいない。「子供とどう接したらいいか」という情報を見つけることもできなかった。

 治療と並行して28年にCPを設立。インターネット上で子供を持つがん患者の交流の場を作った。会員数が伸び悩むなか、SNSやメディアで積極的に発信。今では会員は3700人を超えた。

 昨夏の産経新聞の取材に、「5年後は考えられないと医師から言われたのにここまでこれたのは、仲間ができて、心のモヤモヤを共有できたのも大きい」「患者自身が積極的に社会とつながることが、明日を生きる力になる」と語っていた西口さん。

 治療の選択肢がなくなっていくなかで人生の終わりを見据えるようになり、昨年ごろから、「自分がいなくなった後の組織づくり」を口にするようになった。

 今年2月には組織継続のための新たなスタッフ募集説明会にも顔を出した。緩和ケアを受けながらツイッターで発信を続け、亡くなる3日前の5月5日に行われたCPのイベントにもオンラインで参加。「みんなで一緒に作っていきましょう」と呼びかけていたという。

◆孤独を解消

 子育ての時期にがんと診断される人は毎年約6万人と推計されている。仕事や闘病も重なり、負担は大きい。西口さんの友人で、ともにCPを創設した理事の神吉徹二さん(40)は「西口自身が困った経験から始まった活動ですが、生きた証しを残したいという思いもあったようです」と振り返る。

 

活動を経て、西口さん自身にも変化があったという。「つながり、行動することで西口の孤独も解消された。患者さんも支援されるだけではなく、協力して社会を変える必要があると考えるようになった」と神吉さん。CPのサイトでは情報交換もできるし、日記の投稿も可能だ。投稿に対して「ありがとう」ボタンで感謝を示せる。思いを吐き出し支えられている人も、誰かの役に立てると実感できる仕組みだ。

◆「前を向けた」

 「今を生きることの意味を教えられました」「サイトのおかげで孤独にならず、前を向いて頑張っていられます」-。CPには、西口さんの死を悼む声が数多く寄せられた。

 36歳で精巣がんと診断されたCPの理事、永江耕治さん(46)は「子供を持つがん患者という共通の体験があるコミュニティーで、自分のことを話せる、質問できるだけで、頑張れる気持ちになる人もたくさんいる」と話す。

 講演やイベントなど積極的に活動する一方で、西口さんは治療のつらさや落ち込んだ気持ちも率直に発信してきた。「ユーモアもあって明るくて、弱いところを見せられる人。だからこそ、多くの人を惹(ひ)きつけた」と永江さん。

 

 CPでは、7月19日午後1時半から、西口さんのお別れの会を開催する。オンライン形式で、事前申し込み制。詳しくは、CPのホームページ(https://cancer-parents.org/)で。

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胆管がんと告知されたのは平成27年2月、35歳のときです。前年の夏ごろから下痢になったり、白っぽい便が出たりと体調が悪かった。病院で薬をもらっても治らず、黄疸(おうだん)が見つかり、検査入院をしました。医師から「悪性腫瘍です」と告げられたときは、がんのことだとは分からず、実感も湧きませんでした。

 告知後すぐに、母親に電話をしました。病名を言おうとしてもなかなか言葉が出てこない。「がんって言われたんだ」と絞り出すように伝えると、涙があふれてきました。

 2週間ほど後に手術をしたのですが、開腹したら、がんがリンパ節に転移していて、腹膜播種(ふくまくはしゅ)(腫瘍が腹膜に種をまいたように散らばった状態)も見つかり、がんを取り除くことはできませんでした。診断はステージ4。「5年先は考えられない」という医師の言葉に、「ああ、いよいよまずいな」と思いました。

伝えるべきか

 ずっと悩んでいたのが、娘に病気を伝えるかどうかです。診断当時、娘は小学校入学前の6歳。この先どうなるかも分からないし、中途半端に伝えて不安にさせたくなかった。そもそも、話したとしても理解できるのかと迷いました。妻には一度相談したのですが、結論は出ませんでした。1人で抱え込み、モヤモヤとした気持ちで過ごしていました。

踏ん切りがつかずにいたら、診断から半年くらいたったころ、自宅でテレビ番組を見ているとき、娘が出演しているタレントを見て、「父ちゃんと同じ病気だね」って言ったんです。妻が話してくれていたんでしょうね。娘が深刻になりすぎずに受け止めてくれていたので、「知っていたんだ」と気持ちが楽になりました。

モヤモヤ共有

 仕事人間で子育てにはほとんど関わっていなかったのですが、がんと診断され、家族と過ごす時間を増やしました。このまま死んだら、家族の思い出がないまま。そんなお父さんは嫌だったからです。

 治療と並行して28年から、キャンサーペアレンツの活動を始めました。周囲に同世代のがん患者がいなかったし、僕自身が子供への病気の伝え方に悩んだときに情報を見つけられなかった。

 1人で始めた活動ですが、現在は会員も3200人にまで増えました。会員同士でつながることもできるし、各地でオフ会も開かれています。

 来年で診断されてから丸5年。統計上3%しか生きられないと言われましたが、ここまでこれたのは仲間ができて、心のモヤモヤを共有できたのも大きい。キャンサーペアレンツの活動や仕事、父親といろんな役割があったから、治療を頑張ろうと思えました。

 患者同士の交流だけでなく、患者自身が仕事や活動に参加し、積極的に社会とつながることが、明日を生きる力になるのではないでしょうか。

【プロフィル】西口洋平(にしぐち・ようへい) 昭和54年、大阪府生まれ。大手人材会社の営業職として働いていた平成27年、35歳のときにステージ4の胆管がんと診断される。仕事と抗がん剤による治療を続けながら、28年、「キャンサーペアレンツ」を設立した。

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