太陽の家とは?
理念


No Charity, but a Chance!
保護より機会を
太陽の家は障がい者が働き、生活する施設であり、地域社会の一住民として普通に暮らしています。
1965年の創立以来、障がい者の働く場づくりに取り組み、多くの人が社会復帰しています。たとえ身体に障がいがあっても働く能力は関係なく、太陽の家では、仕事や生活の場においてユニバーサルな環境づくりに努めています。
また、日常生活で常に介助を必要とする重度の障がい者も地域と交流を深めながら生活を楽しんでいます。障がい者にとっての太陽でありたい、それが太陽の家の願いです。
基本方針
共に理解し 共に学び 共に前を向いて
共にとは障がいのある人、ない人、さまざまな違いのある多様な人々を理解しながら今の時代に必要なことを共有し、振り向かずに、次の目標、将来の夢へ向かって進んでいきたいと思います。
行動指針
コミュニケーションを図り、互いを知る
横の連携を図りながら誇りを持って仕事をして下さい。共生社会の一歩は相互理解から始まります。互いを知ることで、自分らしい生き方、楽しみ方に気づき地域で普通の生活を楽しむことができると思います。
時代の進化をとらえ、行動する
足りないところはAI、ICT等のデジタル技術を駆使して。法令順守、持続可能な社会等、社会が求める価値を敏感にとらえ。福祉サービス等のニーズ変化を常にキャッチして下さい。
立ち止まらず、チャレンジを続ける
取り残される障がい者がいない社会、共生社会を希求する。
太陽の家のシンボルマーク

太陽の家のシンボルマークには「麦」と「太陽」がデザインされています。1965年に開所した太陽の家は麦のようにふまれてもふまれてもぐんぐん成長することを目指しました。
1969年に太陽の家について初めての本が日本放送協会から出版されました。その著書のはじまりが次のようになっています。

「太陽の家に入所できたことを感謝するとともに、一日も早く社会復帰できるよう一生懸命がんばります」-力強い入所者の宣誓とともに、太陽の家は開所した。その日は、昭和40年10月5日。別府市亀川の静かな空に、花火が打ち上げられ、ろう学校生徒のブラスバンドにのって、風船が舞った。クリーム色に塗られた建物の正面ポーチには、麦と太陽をデザインした「太陽の家」のマークがかかげられ、その下につぎのことばがそえられていた。
麦にはきびしさがあります。麦は踏まれても踏まれてもぐんぐん成長します。太陽に向かってのびつづける麦の形には、団結を意味するものがあります。これは、「太陽の家」のシンボルです。ジャパン・サン・インダストリーズは、諸外国のかたがたと交わりのための名です。これを機会に、全国に「太陽の家」の種がまかれ、発展していくことを祈ります。
「太陽の家の記録」(小林恒夫・白川泰二著 日本放送出版協会 1969年)より
太陽の家の歩み
1965年 (昭和40年) |
10月 |
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1966年 (昭和41年) |
4月 |
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1971年 (昭和46年) |
4月 | 本館(6階建)落成 |
6月 | 重度身体障害者授産施設開所 | |
1972年 (昭和47年) |
2月 | オムロン太陽株式会社 設立 |
4月 | 身体障害者福祉工場開設 | |
1975年 (昭和50年) |
6月 | 第1回フェスピック大会(極東・南太平洋身体障害者スポーツ大会)開催(大分県) |
1977年 (昭和52年) |
12月 |
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1978年 (昭和53年) |
2月 | ソニー・太陽株式会社 設立 |
1979年 (昭和54年) |
4月 | 身体障害者職能開発センター落成 |
1980年 (昭和55年) |
7月 | 大分銀行太陽の家支店開設 |
1981年 (昭和56年) |
3月 | コミュニティセンター落成 |
4月 | 重度身体障害者更生援護施設「ゆたか寮」開所 | |
9月 | ホンダ太陽株式会社 設立 | |
10月 | 第1回国際身体障害者技能競技大会(アビリンピック)開催(東京) | |
11月 | 第1回大分国際車いすマラソン大会 | |
1983年 (昭和58年) |
12月 | 三菱商事太陽株式会社 設立 |
1984年 (昭和59年) |
3月 | デンソー太陽株式会社 設立 |
4月 |
![]() 第1回身体障害者レジャー・レクレーション・スポーツ大会(レスポ)開催(愛知県) |
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7月 | 創設者中村裕博士逝去(57才) (23日) | |
1985年 (昭和60年) |
3月 | オムロン京都太陽株式会社 設立 |
1986年 (昭和61年) |
4月 |
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1988年 (昭和63年) |
4月 |
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6月 | 身体障害者福祉ホーム「大神(おおが)ハイツ」開所 | |
1991年 (平成3年) |
9月 | 身体障害者通所(つうしょ)授産施設開所 |
1992年 (平成4年) |
7月 | ホンダアールアンドデー太陽株式会社 設立 |
1993年 (平成5年) |
5月 | 身体障害者通所(つうしょ)授産施設分場(ぶんじょう)開所 |
1995年 (平成7年) |
7月 | 富士通エフサス太陽株式会社 設立 |
1996年 (平成8年) |
10月 | 「太陽の湯」改築 |
1997年 (平成9年) |
3月 | サンストア移転・新築・オープン |
12月 | サン・コミュニティ・大神(おおが)内(ない)に「サンプラザ」落成 | |
1999年 (平成11年) |
4月 | 身体障害者療護施設「ゆうわ」定員50名から80名に増員 デイサービスセンター「ゆうわ」開所 |
2000年 (平成12年) |
10月 | 「太陽の家歴史資料館」開設 |
11月 | 別府本部、国際規格ISO14001認証取得 | |
2001年 (平成13年) |
4月 | 愛知太陽の家ホームページ開設 |
2002年 (平成14年) |
4月 | 太陽の家公式ホームページ開設 |
2004年 (平成16年) |
4月 | 授産場、重度授産場を廃止し、第一授産センター、第二授産センター、第三授産センターに再編成 太陽の家障害者生活支援センター開所 |
6月 | 別府本部で第一期社会復帰特別コースが開講 | |
2005年 (平成17年) |
1月 | ホームヘルプセンターゆうわ開所 |
2月 | ケアプランサービスセンターゆうわ開所 | |
3月 | 簡易住宅「太陽住宅」、雇用・能力開発機構より購入 | |
4月 | 身体障害者通所授産施設、定員50名から60名に増員(相互利用15名から20名に増員) | |
9月 | 障害者相談支援センターたいよう開所 | |
2007年 (平成19年) |
10月 | 亀川サンクリニック開院 |
2009年 (平成21年) |
10月 | スワンカフェ&ベーカリー太陽の家開店 |
2010年 (平成22年) |
4月 | 障がい者就業・生活支援センターたいよう開所 |
6月 | 福祉工場移転(第1作業棟4F) | |
2011年 (平成23年) |
8月 | サンストア移転、新店舗オープン |
10月 |
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2012年 (平成24年) |
3月 | 小規模多機能型居宅介護事業所「サンハウス大手町」開所 |
4月 |
![]() 特別養護老人ホーム太陽の家広寿苑開所 ホームヘルプセンターたいよう、ケアプランセンターたいよう開所 |
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2013年 (平成25年) |
7月 | カフェサービス科「あおぞらかふぇ」オープン |
10月 | 大分県障害者福祉サービス事業所共同受注事務局設置 | |
2014年 (平成26年) |
1月 | 大分ロボケアセンター株式会社開所 |
2015年 (平成27年) |
10月 | 太陽の家創立50周年記念式典 天皇皇后両陛下ご臨席 |
2018年 (平成29年) |
4月 | チャレンジたいよう別府開所 太陽の家愛知就労支援センター開所 愛知日中生活介護事業「そら」開所 |