生きるは作業のつみかさね

作業をすれば元気になれる!作業療法ノススメ。

認知症専門のウェブメディア「なかまぁる」と「認知症とともに」を発見した。「私」を続ける みんなと続ける(朝日新聞)

はじめに

認知症になっても安心して暮らしていけること。

認知症フレンドリー」な社会づくり。

 

朝日新聞グループ全体で取り組むプロジェクト。

 

認知症専門のウェブメディア「なかまぁる」 https://nakamaaru.asahi.com

 

 

を紹介したい。

 

 

「なかまぁる」紹介

 

認知症になっても、その人がその人でなくなるわけではありません。

私が認知症になっても、あなたが認知症になっても、だいじょうぶ。

認知症の当事者や認知症かもしれないと感じている人たちが、

その人らしく暮らし続けていくことを支えるウェブサイトです。 

 

nakamaaru.asahi.com

 

なかまぁるは、認知症の人たちが仲間と一緒に、
自分らしい暮らしを続けていくためのウェブメディアです。

認知症の人や家族が自ら活動する記事をあつめた

認知症 自立とケア」や、

認知症と生きる人たちの生活に焦点を当てた「認知症 暮らしの工夫」、

認知症に関する最新の話題をまとめた「認知症ほっとニュース」、

認知症に関心のある人たちが参加できる情報をまとめた

認知症関連イベントへの参加」、

などがあります。認知症の人や家族はもちろん、専門家に取材し、
正確でていねいな情報をお伝えします。
なかまぁるを、生活にお役立てください。

 

 

認知症とともに」

認知症とともに。

www.asahi.com

 

「本人の思い」

認知症の当事者の人の声が特集されている。

①45歳で認知症 医師のコラムにショック、だから動いた

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トップバッターは藤田和子さん。

 日本認知症本人ワーキンググループ代表理事

認知症とともに生きる希望宣言

認知症とともに生きる希望宣言 – 一般社団法人 日本認知症本人ワーキンググループ-JDWG

 

②ポジティブ認知症のススメ これも1時間後に忘れるけど

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近藤英男さん。

フォークデュオ「ヒデ2」(ヒデツー)結成。

CDも発売した。

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ミンナオナジ

認知症の自分「隠す必要ない」 地域に仲間、生活豊かに

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「これからどうなっていくのか」と、不安で頭がおかしくなりそうでした。

夜中に妻を起こして、仕事の現場に行くと言ったり、仕事のトラブルを話したりしたこともあります。

こうした「妄想」はいまでも少しありますが、「夢よ」と妻に言われると落ち着くようになりました。

 

④「認知症なので手伝って」全部言おう 取り戻した笑顔

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私の場合、前日の出来事や人の顔なんかは割と覚えています。

認知症=もの忘れ、じゃないんですよ。

ただ約束や日付は覚えていても、時計の数字が読み取れない。

文字もいまは自分の名前のサインも書けません。

家を出るときも玄関の鍵穴にキーがうまく入らず、時間がかかってしまう。困りごとは本当にたくさんあるんです。

 

⑤同じ認知症だから分かること 相談員、心通わせ私は働く

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 認知症の人の心はガラスのようにナイーブです。

僕自身の体験、例えば72歳で認知症とわかった頃の不安や混乱、物忘れはしてもできることを楽しむこと、そんなことを話し、その人が心を開くまでじっくり待つよう心がけています。

初めはうつむいていた人が顔を上げ、笑顔になり、語り、行動範囲を広げていく。

目の輝きが変わり、自分を取り戻したと感じてもらえた時が最高の喜び。その達成感が生きがいです。

 

認知症同士でテニス「居心地いい」 新たな関係できた

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3年前から、当事者の仲間たちと、茶摘みや万願寺唐辛子の収穫を楽しんでいます。

報酬のある社会参加です。「何もできない人」という認知症への偏見を少なくするアピールでもあるんです。

最初は緊張してね。散歩中に木を見て「ここはこう摘む、あちらは摘んではいけない」とシミュレーションまでしました。 

 

⑦名刺の肩書は「63歳で若年性アルツハイマー」配る理由

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まあ私も自分が認知症になるとは思いもしなかった。

診断後は涙も少し出ました。

とにかく忘れ物が多いし、漢字もひらがなも書けなくなってきた。

電車やバスの乗り方もわからなくなってきて、まいっちゃったなと。

ただ、だんだん変化に慣れてきたというか、苦しさもなくなってきています。

 

認知症を公表の芦屋小雁さん 走る訳、役者魂は衰えない

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小雁さんは認知症の理解を広めるリレーマラソン

「RUN伴(とも)」に参加した。

青いジーンズに、仲間とおそろいのオレンジのTシャツ姿。

観光客であふれる新京極通りを数百メートル走り、ゴールのテープを切った。

 「皆さんのお顔を見ながら、うれしいと思っておりました。こういうのを、なんべんもやりたいですね」。

マイクを握ってあいさつした。

 

⑨味覚をなくした料理人 死を考えた僕、涙の叫びが変えた

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料理人として味覚には自信がありました。

ところが病気になって、その味覚がおかしくなり、味つけがわからなくなった。

診断後は、準備したレシピも器も意味のないゴミになった気がしました。

生の道が途切れ、がけから落ちた気持ちでした。収入もない、誰の役にも立たない、「ない、ない、ない」と思い詰めた。

主治医に「狂いそうだから精神科に入院させてください」と自分で訴えたこともありました。

 

⑩離婚経て「物忘れお互い様」の生活 わしのままでいい

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 認知症当事者として積極的に講演し、陽気で前向きな姿が多くの人を元気づけています。そんな竹内さんも、病気がわかった時はショックで自宅にこもったそうです。

 

⑪忘れたときは「あいうえお」 認知症の私が伝えたいこと

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認知症の本人らが日常のできごとなどを語り合う「おれんじドア町田」に週に1度参加する。

海外で働いたとか、山登りをしているとか。仲間が生き生きと話す姿に、自分もできることはあるって思える。安心できて、元気をもらえる場所です。認知症になって多くの仲間と出会い、当事者の気持ちを知り、ひとの優しさを学んだ。認知症は十人十色だということも。ひきこもらないで他人さまと交わり、自分からも発信していかないと。

 

⑫ 幻視に幻聴…朝日浴び「仕事だ」 私の工夫、10年後も

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勤務先の郵便局に片道1時間ほどかけて通勤し、仕事を続けています。

 

認知症の苦労かき鳴らす 幻視もネタにギターで横須賀で

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うつ病、そして双極性障害と診断されたのは18年前。その後パーキンソン病の診断も重なった。その頃から認知症が疑われる症状も出始めた。手指のふるえなどで仕事に支障がでて、51歳で退職、自宅にひきこもる日々が長く続いた〉