生きるは作業のつみかさね

作業をすれば元気になれる!作業療法ノススメ。

死ぬことは生きることと同じ。流通ジャーナリスト金子哲雄さん、金子稚子さん(産経新聞より)

末期の肺カルチノイド(肺がんの一種)と診断されて500日。

平成24年10月、41歳の若さで亡くなった流通ジャーナリスト、金子哲雄さんを、妻の金子稚子さんは在宅で支え続けた。

哲雄さんから全幅の信頼を寄せられ、「死ぬことは生きることと同義」と言い切るまで生と死を見つめ続けた稚子さんは、今も傍らに夫の存在を感じている。

 

 

 

金子との暮らしは毎日がお祭りのようでした。亡くなった後は祭りの後の真っ暗な夜。音のないシーンとした中で時々、発作のような恐怖や悲しみに襲われ、寝たきりだったり、起きたきりだったりのような状態がしばらく続きました。

ただ、しなければならないことは亡くなる前から決まっていました。夫は自分の死後、私が困らないよう、お世話になった方々に感謝を伝えられるように葬儀を含め、全てをプロデュースしました。私は通夜から四十九日までを代行し、遺作となる著書の出版作業を引き継ぎました。「ただちに引っ越せ」との夫の指令で、1人暮らしを始めるための新居にも移りました。

悲しみに沈み込みそうになると、「今の自分を夫はどう思うか」と考え、書く作業や瞑想(めいそう)で、悲しみや怒りを客観視することで切り離すことができました。おかしな言い方ですが、「死は終わりではない」「夫はいつも私のそばにいる」と感じることで、早いスピードで立ち上がることができたような気がします。

 

肺カルチノイド

神経内分泌腫瘍

《哲雄さんは23年6月、末期の肺カルチノイドと診断された。標準治療がないため、自力で治療方法を探した。大阪の病院で肺の腫瘍に繋(つな)がる血管をふさぎ、腫瘍を壊死(えし)させる治療で、肺の腫瘍は9センチから3センチまで小さくなった。しかし、1年後に状態が悪化。自宅で療養しながら、死の前日まで電話取材を受け、執筆を続けた》

神経内分泌腫瘍 (neuroendocrine tumor/neoplasm: NET/NEN)とは内分泌細胞に由来する腫瘍です。

神経内分泌細胞はホルモンやペプチドを分泌する細胞のことで、全身に分布するため、腫瘍も全身の臓器に発生しますが、このうち、消化器に発生するものが約60%、肺や気管支に発生するものが約30%を占めます。消化器のなかでは特に膵臓、直腸に発生するものが最も多いとされています。

NETは、元々、1907年に内分泌腫瘍は,当初臓器別に呼称されてましたが,消化管に発生する腫瘍には,1907年にドイツのOberndorfer先生が カルチノイド(Carcinoid)と命名しました。これは “がんもどき”の意味になります。他の悪性腫瘍と比べて、比較的おとなしい腫瘍という特徴をよく捉えたものではありましたが、臨床的には、遠隔転移を有する症例も少なくなく、誤った認識を与えるとの懸念から、2000年に世界保健機関World Health Organization:WHO)により、消化器領域については、カルチノイドからNETという名称に変更され、カルチノイドという呼び方はされなくなりました。

これで、消化器領域は臓器を問わず(胃腸や胆膵など)、NETに統一され、カルチノイドという名称は、NETによるホルモン産生症状(皮膚紅潮、下痢など)に対する病態に対してのみ「カルチノイド症候群」として使われるようになりました。

しかし、肺、気管支領域においては膵消化管NETとは違い、細胞の形からカルチノイドと神経内分泌がん 2つに大きく分けられます。さらに、カルチノイドは定型カルチノイドと異型カルチノイドに、神経内分泌がんは小細胞癌と大細胞神経内分泌癌の4つに分けられています。

神経内分泌腫瘍はまれな腫瘍ですが、その罹患率は、世界中で、年々増加傾向にあります。

膵消化管神経内分泌腫瘍について、2005年、2010年に全国調査がなされて、5年間で人口10万人あたりの有病患者数は膵NETでは1.2倍に、消化管NETの患者数は、約1.8倍に増加しています。

これは健診機会の増加や画像検査機器の進歩とともに、NETの認識が広がったことも大きく影響していると考えられ、今後も増加傾向が継続すると予想されます。

神経内分泌腫瘍 | 希少がんセンター

 

 

緩和ケア

緩和ケアで、体の痛みや強い副作用はある程度コントロールできるようになりました。ただ、「死の恐怖」と向きあう心の痛み「スピリチュアルペイン」はどうしようもなかった。

病気を隠して闘病を続けたことで、夫は最後まで社会との繋がりを持ち続けることができました。最後の40日間で死と向きあう心の痛みからも解放されたと思います。

 

死と向き合うことは難しい作業

死と向きあうのは、とてつもない苦痛です。多くの人は目標を定め、それに向かって努力するのが人生だと学んできた。

でも、「死」はこれまで受けてきた教育や知識を全て使っても答えがない難問。

「死とは何か」「死んだらどうなるのか」をどんなに語っても誰も答えを持っていない。哲学や宗教に一定の答えがあったとしても、本当の意味で自分が腑に落ちないと、苦しみから逃れられない。家族であっても周囲の人ができることはありません。

 

 

金子の助けになったのは仕事とともに、在宅治療を支えた医療者、そして宗教家との出会いがあると思います。かかりつけ医はどんな方にも必要です。自分のことを分かってくれる、人間同士のおつきあいができる医師を見つけておくことです。私たち夫婦間では特に宗派はありませんでしたが、浄土宗のご住職との分け隔てない会話を通じ、人生における最後の難問(死)に向かう勇気をいただきました。「こんなにぎりぎりに、こんなにすばらしい出会いがある。人生はすばらしい」と夫は言っていました。東京タワーの麓で通夜、葬儀、納骨を生前にお願いし、ご縁をいただけたことに感謝をしていました。

 

亡くなった後でも、その人が完全に忘れ去られることはなく、その人がつなぐ縁があると思います。金子の死後にも多くの人との出会いがありました。私と同じように40代で夫を亡くした妻の方々との話で気づいたのは、前向きに生きている人の多くが夫の存在を死後も感じ続けていることです。私も一周忌の準備を始めると、「さあ、祭りの準備が始まった。夫が動き始めた」と思ったほどです。

 

最近になって、終末期にある患者や患者家族の支援などを行いたいと、「ライフ・ターミナル・ネットワーク」を始めました。

死に直面した人の痛み、周囲の人の苦しみに寄り添いたい。死は「無」ではなく、死ぬことと生きることは同義だと伝えていければと思っています。

 

ライフターミナルネットワーク

 

活動の理念

 「死ぬことと、生きることは同じ。」

私たちは、この死生観のもとに、活動を行っています。

死ぬとは、一体どういうことなのでしょうか。
あるいは、生きるとは……。

その答えを明確に持つ人は、そんなに多くないのではないかと思います。
また、その答えも、
人生を歩んでいく中でどんどん変わっていくものであり、さらに変わるのが当然だとも思います。

ただ、ひとつ言えることは、
死ぬことも、そして生きることも、“誰かに代わってもらえるもの”ではない、ということ。

誰かに強制されたり、教わったりするものでもありません。

あまりに当たり前で、
日常生活の中ではなかなか実感できないことかもしれませんが、
死を前にした時、その現実が身に迫ってくる厳しさと重みを
大切な人と死別した私たちは、体験を通してよく知っています。

だからこそ、私たちは願います。

生きることと同じように、死もまた尊重されてほしい、
自分の死も、そして大切な人の死も、同じように尊重してほしい、と。

高度に医療が発達した現代日本では、生死の境が非常に曖昧、且つ複雑になっています。
また、「最期の医療の選択」においても、死を見据える厳しさが前提にあり、
その時、たとえ肉親であっても考え方の違いに愕然とする人も少なくありません。

死について、考えないように、あるいは“ないもの”としていると、
これからの日本では、必要以上に苦しい状況に陥ってしまう可能性も否定できないのです。

自分の死、大切な人の死。
いずれであっても、考えることさえ恐ろしいし、一日でも先延ばしにしたい……。そう思う気持ちはよくわかります。

しかし、そうであるならば余計に、
死や死別が、苦しみや悲しみ“だけ”をもたらすものではないことも知っていただきたいと、私たちは考えます。


私たちは、医療にも、福祉にも、宗教にも、どこにも偏らないこと、
さらに決して上から目線ではない、“私たちのことである”という当事者性があること、
加えて“今日から行動が起こせる”“意識を変えられる”実用性があること、
を目指しています。

そして、「死」について、「死ぬこと」について、多岐に渡る情報提供や学びの機会を作るとともに、
その時が近づいたご本人やご家族、ならびに、大切な人と死別した方に対して、
さまざまな支援を行っていきます。

死や死別という人生の危機を前にしても、それに立ち向かえる力を得られるように。
私たちは、誠意を込めて多死社会に貢献してまいります。 
 
私たちは、死を「死ぬまで」「死=臨終」「死後/死別後」の3プロセスに分け、3つセットで捉えています。

死の前後には、さまざまなサービスがあり、多くの専門家が関わりますが、図の通り、各サービスや関わる人はプロセスで分断されていることがわかります。

社会保障制度や、現代に生きる私たちの宗教観などが大きな理由となって、このような分断があると言えますが、まさに“その時”を迎えた際、この分断がいかに厳しい現実となって自分に返ってくるかを、多くの人が知ることになるでしょう。

私たちは、死だけを特別視しません。
また、死をないものと考えることもしません。
人は必ず死ぬ、という事実を深く受け止めた上で、
死を、ひとつの通過点として捉えることを前提としています。 活動の2つの軸
100万人の「いのち」を救うプロジェクト
「いのち」とは何でしょうか。死をひとつの通過点とした時、「いのち」の意味は変わってきます。日本人の死生観の再醸成に力を注ぎます。
 
 
死の質の充実
死の質は、他者によって保障されるものではなく、自分で追求していくもの。このことを前提に、多岐に渡る情報提供と学びの機会の創出に力を注ぎます。

 

 

 

www.ltn288.net

 

【プロフィル】金子稚子

 かねこ・わかこ 昭和42年、静岡県生まれ。出版社勤務後、フリーランスのライター兼編集者、広告制作会社役員などを経て、「ライフ・ターミナル・ネットワーク」代表。金子哲雄さんの遺作『僕の死に方-エンディングダイアリー500日』(小学館)を引き継ぎ、出版。単著に『死後のプロデュース』(PHP研究所)、『金子哲雄の妻の生き方-夫を看取った500日』(小学館)。

www.sankei.com