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【がんとともに生きる】元SKE48の矢方美紀さん。「私の人生は病気だけじゃない」

はじめに

平成30年4月、左乳房の全摘手術を受けた。退院後に病名を公表した。

 

「病気だけが私の人生ではない」と、夢だった声優への道を一歩一歩進んでいる。

 

 

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正直な気持ちを知ってほしかった

 

手術後の病理検査の結果はステージIIIAでした。抗がん剤の副作用で髪も抜けるだろうし、見た目で分かってしまう。理由を伏せたままだと違う病気と誤解されてしまうかもしれない。事務所と相談して、「乳がんだけれど無理のない範囲で前向きに仕事をしたい」という意思をブログで公表することになりました。 

 

伝わらず嫌気さしたこともあった

反応は怖かった。

 

反応例)

・「25歳で乳がんになるんだ」

・「この子は死ぬんだろうな」

・「死ぬの?」

・「病人らしく過ごすべき」

 

どんなに「大丈夫」と伝えても伝わらなかった。

嫌気がさした。と語っています。

 

 

副作用の影響

顔のむくみや髪が抜ける。

 

味覚障害により、食べ物がおいしく感じられなくなった。

 

自分の体のにおいでさえもだめになった。

傷口が臭く感じられた。

 

仕事では、ウィックをつけ、左胸がないのを隠すためにダボっとした服を着ました。

 

抗がん剤治療で体力が落ちた。

 

気持ちは元気なのに声に覇気がなかった。

 

「がんばりたくてもそれが伝わらないつらさ」を抱えた。

 

励まされたこと

知り合ったがん患者さんから、「治療が終われば副作用は落ち着く」とアドバイスをもらった。

 

「髪の毛もだんだん生えてくる。落ち込むことはない」と自分に言い聞かせた。

 

アニメ作品にも励まされた。

 

登場人物は何かに心が折れてもけがを負っても、倍くらいの勢いで突き進む。「この主人公は、こんなけがを負っているのにしっかりと前を向いて立ち上がっている」って自分に置き換えていました。

 

 

乳がんだけが私の人生じゃない

 

がんなどの病気に対する理解は進んでいない。

 

明るくふるまっていると「強がって偉いね」と言われてしまいます。

 

乳がんだけがわたしの人生ではない。

 

・祖父は前立腺がんだったが、大工の仕事を続け、病気のそぶりを見せなかった。

 

・父も腎臓が悪い。しんどそうなときもあるが、いつも私を気にかけてくれる。

 

病気が全てではないし、ほかに目を向けるほうが人生が楽しい、と教わりました。

 

病気について気軽に話せる場を

〈講演などで闘病を語る機会も増えた。昨年11月からは講談社のウェブサイト『コミックDAYS』で、漫画『27歳のニューガン・ダイアリー~ボクの美紀ちゃんが乳がんになった話~』(作・冬川智子)が連載されている〉

 

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病気になっても普段通りの笑顔や仕事があり、日々生活していることを伝えたい。

 

AYA世代のがんは、まだよく知られていません。妊娠や結婚など若いからこそ将来への不安や考えなくちゃいけないこともある。もっとがんについて気軽に話せる場所があれば、体のことを知ることができるし、相手を思いやれるようになるんじゃないかな。

 

やかた・みきさん 平成4年、大分県生まれ。21年から、SKE48として活動。29年2月に卒業した後、30年1月に乳がんと診断される。4月に病名を公表。現在はホルモン治療を継続しながら、イベントやテレビ番組に出演。リポーターやナレーターなどを担当する。著書に「きっと大丈夫。~私の乳がんダイアリー~」(双葉社)。

 

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