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【脳梗塞】健康な若年でも発症可能性がある脳梗塞。絵本作家 有田奈央さんの経験。

34歳で突然、脳梗塞を発症し、左半身不随になった絵本作家の有田奈央さん。

懸命のリハビリで歩けるまでに回復した記録を「ずっと健康だと思ってた。34歳脳こうそく克服記」(イースト・プレス)にまとめた。

入院生活やリハビリで一喜一憂する様子を、支えてくれた妹とともに親しみやすい漫画で描いた。「若くて健康でもリスクがあることを多くの人に知ってもらいたい」と話している。

 

 

発症と経過。もっと早く受診できれば・・・

平成25年11月中旬、夜中に目が覚めました。二日酔いの時のような我慢はできる程度の頭痛がしたんです。朝を迎え、ベッドで上半身を起こしてエアコンのリモコンを取ろうと左腕を伸ばしたら、握れない。左手や左足がしびれていることに気付きました。たまたま不在だった同居の妹に電話で相談すると、「安静にして寝ていればいいのでは」と言われ、その日は仕事を休んで寝ることにしました。

私は大病の経験もなく、健康そのものでした。当時は絵本作家としてデビューしたばかり。保育園で給食調理と保育補助のパートもしていました。新たな絵本の出版に向け、準備の真っ最中だったので、「疲れが出たんだろう」ぐらいに思っていたんです。

夜になっても、左半身のしびれが治まらず、動くこともできなかったので友人に来てもらいました。私の姿を見て驚いた友人の手配で救急車で病院に搬送され、脳梗塞と診断されました。

この時、会話はできましたが、左半身の感覚は全くない状態でした。「なぜ私が?」という思いで、病気が治るかどうかは怖くて医師に質問することができませんでした。

入院生活

脳神経外科病棟の入院患者は高齢者が多く、若い人はほとんどいませんでした。驚いたのはトイレ。「オムツを着けますか、介助にしますか」と看護師さんに言われ、「右半身は動くので、トイレ内では一人にさせてほしい」と懇願しました。車椅子から降りて、便座に座るまで5分もかかりましたが、何とか一人で済ませることができました。

 

リハビリテーション理学療法作業療法

入院3日目からリハビリが始まりました。歩くなど基本動作は理学療法、物を持ったり動かしたりの動作は作業療法と分かれていました。

「命は助かったんだし、リハビリすればすぐに良くなるだろう」。最初はこう考えていました。

でも、簡単な動作さえなかなかできない。もどかしさが募り、「このまま左半身が動かなかったら仕事はどうなるのか、結婚はできるのか。私の人生どうなっちゃうんだろう…」と次々に恐怖が襲ってきました。加えて、体のしびれや痛みが追い打ちを掛けるように私を苦しめました。

 

気分の浮き沈みが激しくなり、ストレスが極限に達すると、忙しい中、献身的に看護してくれた妹に八つ当たりしてしまうこともありました。

それでも、療法士さんたちの励ましもあり、何とか歩けるようになりました。リハビリ病院への転院を勧められましたが、実生活の中で動く方が早くよくなると思い、入院から7週間で退院することになりました。

 

発症から1年がたち、現在も通院によるリハビリは続けています。

 

まひしていた左手でグーチョキパーができますし、4センチヒールの靴で歩くこともできるようになりました。ただ、背中などに痛みを感じるので神経ブロックの注射を定期的に打っています。

幸い絵筆を持つ右手は無事だったので、今は中断していた絵本の出版準備を再開しています。

病気になって大切なことにいろいろと気付かされました。まずは妹を含め、周囲の人への感謝の気持ちが足りなかったこと。

また、「私は健康なんだ」と傲慢に考えていた面もあったと思います。

脳梗塞は早期発見・早期治療が大切で、前兆を見分ける方法を知っていれば、対処できることもあります。そうしたことを知っていてほしい、というのが本をまとめた理由の一つ。それと、私の回復は道半ば。「以前の私と同じようになってみせる。病を克服するぞ」という私なりの宣戦布告でもあるんです。

 

 

【プロフィル】有田奈央

 ありた・なお 昭和54年、福岡県生まれ。平成21年に上京し、似顔絵師として活動を開始。25年4月、『おっぱいちゃん』(ポプラ社)で絵本作家デビューを果たす。『にこにこ ぽかぽか』(今人舎)に参加。同年11月、脳梗塞を発症。26年11月、妹との共著『ずっと健康だと思ってた。34歳脳こうそく克服記』を出版。

 

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